​© 2019 Parklingling

Photo by Yoshinobu Fukaya(aura2)

  • Facebookの - ホワイト丸
  • ホワイトTwitterのアイコン
  • ホワイトYouTubeのアイコン
  • Parklingling

「オルフェオ物語」考察〜レオナルド・ダ・ヴィンチ、出生からフィレンツェ・ヴェロッキオ工房〜

最終更新: 2019年7月25日


(レオナルド・ダ・ヴィンチをモデルにしたとされるヴェロッキオの「ダビデ像」)



レオナルド・ダ・ヴィンチは1452年4月15日、フィレンツェ共和国の郊外にあるヴィンチ村で裕福な公証人セル・ピエーロと農夫の娘カテリーナとの間に婚外子として産まれました。 「ダ・ヴィンチ」とは「ヴィンチ村出身の」という意味です。

母親のカテリーナと5年ほど暮らしたあと、父夫婦に引き取られ育てられました。母親と父親が結婚しなかったのは、母親がアラブ系の奴隷だった事で親の許しを得られなかった、という説がありますが、真偽のほどはわかりません。


ところで話は現代に飛びますが、1973年からレオナルド・ダ・ヴィンチ理想博物館の調査チームがダ・ヴィンチの子孫を調査するプロジェクトを開始。 ダ・ヴィンチ自身には子供はいなく、また遺骨は宗教戦争時に行方不明になりDNA鑑定はできないので、教会や議会文書などを丹念に調べ家系図を作成しました。 その結果、約35人がダ・ヴィンチの子孫に当たる可能性があると発表しました。血縁者だといわれる人物のなかには、イタリアの映画監督で脚本家、オペラの演出家でもあるフランコ・ゼフィレッリ氏もいるそうです(今年6月に亡くなられました)。


さて、ダ・ヴィンチは生前も没後も画家として最も有名な存在です。 その始まりは1466年14歳の時、フィレンツェに出て当代随一の画家・彫刻家のヴェロッキオに弟子入りするところから始まります。兄弟子にはボッティチェリもいました。 ダ・ヴィンチはこの工房でルネサンスの巨匠たちと共に仕事をし、絵画だけでなく彫刻、冶金、建築、設計、工学とあらゆる分野の知見を得ていったのです。舞台美術家として必要な技術も身につけたようです。


では「音楽家・レオナルド・ダ・ヴィンチ」はどこで培われたのでしょうか。

ダ・ヴィンチの得意だった「リラ・ダ・ブラッチョ」という楽器、実は親方のヴェロッキオも名手だったそうです。

この工房でダ・ヴィンチはあらゆる事を学んだようですね。


(リラ・ダ・ブラッチョ。当時は一家に一台というくらい人気の楽器だった。)


”ダ・ヴィンチは私生活は謎に包まれているが、容姿は非常に端正で美しく、ずば抜けた肉体美を持ち素晴らしい知性を備え、男女問わず人の心を惹きつけた” そんな人物だったそうです。


さて、フィレンツェは豪華王ロレンツォ・デ・メディチの時代、文学の世界にも素晴らしい才能を持つ男がいました。

その一人が"Fabula di Orfeo"-「オルフェオ物語」を神話から初めて戯曲化した、アンジェロ・ポリツィアーノです。


つづく

【公演情報】

オペラ「オルフェオ物語」 

台本:アンジェロ・ポリツィアーノ

原語上演(字幕付)<本邦初演>

8/14(水)・15(木) 18:30開演

川口総合文化センター・リリア 音楽ホール

指揮/音楽監督:濱田芳通

演出:中村敬一

【キャスト】

オルフェオ:坂下忠弘

エウリディーチェ:阿部雅子

アリステオ:上杉清仁

ティルシ:中嶋克彦

プルート:彌勒忠史

プロゼルピナ:中山美紀

モプソ/ダヴィンチ:黒田大介

ドリュアス&バッカスの巫女:赤地カレン、乙顔有希、細岡ゆき

舞踏:江澤淳泗

古楽アンサンブル《アントネッロ》

【チケット】全指定席 S席10,000円・S席ペア19,500円・A席7,000円

048-254-9900(リリア・チケットセンター)

0120-240-540(カンフェティ)

03-6431-8186(ムジカキアラ)

[web]https://eplus.jp(イープラス)

[mail]fest@anthonello.com(アントネッロ事務局)



#オルフェオ物語 #レオナルド・ダ・ヴィンチ #ポリツィアーノ #アントネッロ #濱田芳通 #川口リリア #ダ・ヴィンチ音楽祭 #リラ・ダ・ブラッチョ #ルネサンス #フィレンツェ

65回の閲覧